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聖霊会のお祝い日の紹介 バックナンバー

12月9日は無原罪の聖マリアの祭日です

聖ペトロと聖パウロの祭日 6月29日

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人間味のある大聖人

2019-06-28
聖ペトロは「天国のカギ」を持っている
「わが主と同じ姿で死ぬに値しない」と逆さ十字架を希望した
聖ペトロは、 イエス・キリストが選ばれた12人の弟子のリーダー的存在だった人です。 本業は漁師でした。 新約聖書には彼のエピソードがたくさん出てきますが、 特にイエスと一緒に過ごした3年間のペトロは血気盛んで、 思ったことをすぐに口にしてしまい、主にたしなめられたりする、 っちょこちょいだけれどイエスへのまっすぐな愛を持ったペトロがわたしは好きですきらきらしたハート  英語版ですが 『St. Peter』 という映画は彼が自分の人間的な弱さと葛藤しながら、 初代教会を導き、 最後には逆さの十字架にかけられて主イエスのために命をささげるまでに成長していく姿がよく描かれていると感動しました。 また映画、 コミック漫画にもなった 『クオ・ヴァディス』 も、 実はペトロが十字架にかけらる前、 ローマで起きている迫害から逃れようとして、 道を下っているときにイエスに出会い、 「主よ、どこへ行かれるのですか?」(クオ・ヴァディス・ドミネ?)と尋ねると、 「わたしはあなたの代わりにもう一度十字架につけられるためにローマに行く」という答えが返ってきたので、それに勇気づけられてローマに戻り、 「わたしはわが主と同じありさまで死ぬに値しない。どうか逆さにしてくれ」と頼んで、 逆さ十字架にかけられて殉教したという話なのですよ。

迫害者から使徒へ

2019-06-28
聖パウロはキリストの生前の直接の弟子ではありませんでした。 むしろ厳格なファリサイ派のユダヤ人で、 イエスの復活を証ししている弟子たちを捕まえて投獄し、 殺害にも絡んでいた迫害者でした。 その彼に幻の中でイエスが現れ、 「あなたはどなたですか?」と問うパウロに「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」という答えがありました。 パウロはその時の強い光によって盲目になってしまいましたが、 キリストの弟子によって癒され、 「目からうろこのようなものが落ちて、 サウロは元どおり見えるようになった。」(使徒9:18)という記事があります。 そう、「目からうろこ」ということわざはここから取られたものなんですよ。 これがパウロの回心のきっかけでした。 それからは180度人が変わって、 今度は人一倍熱心なキリスト教徒となり、 当時の世界中(地中海周辺)を旅して、 数知れない艱難に何度も命を奪われそうになりながらも(2コリント11:23-29)主イエスを宣べ伝えていったのです。 まさに宣教者のかがみと言えるでしょう。 そして彼も最後にはローマで首をはねられて殉教しました。 『Paul, Apostle of Christ』(英題)という映画も出ています。 
聖書と剣を持っているのがパウロ

イエスのみこころの祭日 2020年6月19日(金)

カトリック教会では、今年は6月19日に「イエスの聖心(みこころ:Sacred Heart of Jesus)」の祭日を祝います。「イエスの聖心」とは、特に主イエスの受難と十字架の死によって示された、 神の全人類に対する愛を象徴したもので、描かれているすべてのシンボルがそれを表しています。
心臓十字架(神は、神のことをどうとも思っていない人たちをも含めてすべての人を愛しておられることの象徴)、
いばらの冠は受難のときにイエスがかぶせられたものであり(マタイ27:29)、 善いことよりもむしろ悪いことを選んでしまう人間の罪を表しています。 それによってイエスのこころは鋭く痛みます。
また左下にあるは十字架上で息を引き取った後、 「(ローマ)兵士の1人が槍でイエスの脇腹を刺した。 すると、 すぐ血と水とが流れ出た。」(ヨハネ19:34)という福音書の記述からのもので、 それもまた犠牲的愛を表しています。
 
https://blog.goo.ne.jp/catholic_info/e/a2a7d9b238b4ab4d56b016209898dbe2
「イエスの聖心の信心」は、 フランスの修道女マルガリタ・マリア・アラコクが1675年6月16日にイエスが愛情に燃えているみ心を示して、 人々の間の冷淡な心を嘆き、 イエスご自身の愛にならって、 そのみ心を尊ぶように勧められたという示現を受けて、 フランスから始まって、 ヨーロッパ全土に広まりました。 そして1856年教皇ピオ9世によって、 「イエスの聖心の祭日」を「キリストの聖体の祭日」の後の金曜日に、全世界で祝うことが定められました。
聖女に関する詳しい話は画像下のリンクを参照ください。
 
聖霊会の創立者、聖アーノルド・ヤンセンにとってイエスの聖心は、 「神であるおん父の限りない愛が示され、そのご生涯と宣教に参与するようわたしたちを招いておられる、神であり人であるイエス・キリストの霊的中心」でした。 イエスの聖心のうちに、三位一体の神の完全な住処(すみか)があり、 神はこの模範に従ってわたしたちの生活を形成するように招いておられると理解していたのです。聖アーノルド自身、 宣教者であり、 祈祷の使途会の活動において、 「聖心の使者」となりました。
聖アーノルドのモットーであり、わたしたち聖霊会会員の祈りの一つに、 「イエスの聖心がすべての人々の心のうちに生きますように」という言葉があります。
また、 聖霊会会憲には「イエスのみ心の祭日は、 受肉された主イエス・キリストの秘儀の最も深い中心を指し示す。 計り知れない愛のうちに、 イエスは生命の充満をわたしたちに分かち、 おん父の憐みを独特ななさり方で示される。 十字架につけられ復活された主の貫かれたみ心から、 わたしたちは最初の賜物として聖霊を受ける。 イエスのみ心をすべての愛、 聖性、 使徒的熱意の具現として崇敬する。」と記されており、 会員にとっても大切なお祝い日です。 6月は特にこの「イエスの聖心」を思い起こす月で、 特別な祈りも唱えられます。 

キリストの聖体の祭日 2020年6月14日(日) 

聖体論争 ラファエロ作
<絵画の解説>Wikipediaより一部抜粋して翻訳したもの
この絵画で、ラファエロは天と地の両方にまたがるシーンを創り出している。
上方部、キリストは彼の左右に祝福された聖母マリアと洗礼者ヨハネの従えて黄金のオーラに身を包んでいる。
その両脇には、聖ペトロ(左端、鍵を握っている)、アダム(ペトロの隣、裸の上半身)、聖パウロ(右端、聖書と剣を持っている)、モーセ(右側中央から二人目、十戒の石板を持っている)のような聖書の登場人物や聖人たちが描かれている。
父なる神は天国の黄金の光の中で天使たちに崇められている。
キリストの足下には聖霊がおられ、その側には小さな天使たちが開かれた4つの福音書を掲げている。
下方部の祭壇の上には、聖体顕示台が置かれている。祭壇は聖変化について徹底的な異議を討論する神学者たちによって囲まれている。
キリストの体、血、霊魂、そして神性すべてが聖体である、ということが教会の代表者たちによって議論されている。

三位一体の主日 2020年6月7日(日)

 ひところ、政治家が政策を語るとき、学習参考書の宣伝などに「三位一体」という言葉が使われていました。キリスト教の三位一体論から借りているのかと、少々違和感を覚えたのを記憶しています。
 わたしたち聖霊会の会憲(会の規約)では、三位一体の祭日を会の主要な祭日として、特別に荘厳に祝うようにと規定されています。それは、わたしたちの会の霊性が、三位一体に根差しているからです。
 救い主イエス・キリストは、ご自分を遣わされた神を「父」と呼ばれました。「わたしと父とは一体である」「わたしを見る者は父を見る」と、ご自分と神である父との関係をたびたび話されました。また、「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」と、聖霊についても話されました。
新約聖書には「三位一体」 という言葉は出てきません。しかし、イエスの言葉として「父と子と聖霊の名によって洗礼を授けなさい」とマルコは伝えています。パウロの手紙にも、父と子と聖霊が並んで記されています。パウロの言葉の使い方からすると、イエス・キリストは「子」であり、神は「父」です。
 
 
 イエスの死後300年、400年とたち、キリスト教が勢力をのばして行くにつれて、「神」と父と子と聖霊の関係が問題とされるようになりました。教会はこの関係を明確にするために、本性と位格という概念をギリシャ哲学から借りて、神はその本性においては一つだが(神は唯一)、父と子と聖霊という三つのぺルソナ(位格。英語ではPerson)があると宣言しました。この概念では、神様は唯一絶対ですが、それ自体の内の関係においても、わたしたちとの関係においても、三つの存在様態(あり方)において、ご自分を示されるということです。
 創造主として、「父」と呼ばれるペルソナ、わたしたちと共に、苦しみ、痛みを分け合ってくださる存在様態としての「子」のペルソナ、そしてわたしたちを父のもとへ導いて下さる存在様態としてのペルソナ、それが「聖霊」と呼ばれます。
 聖霊会会員であるわたしたちは、「おん父に愛され、おん子によって遣わされ、聖霊の力に満たされて、修道者として宣教奉仕を果たします。」(会憲より)
 皆さん、父と子と聖霊の三位の神に感謝と賛美を捧げましょう。

聖霊降臨祭 

聖霊降臨の祭日は教会にとっては「教会の誕生日」であり、私たち聖霊会員にとっては「会の称号の祝日」で、世界中の聖霊会員は心を合わせて大きくお祝いします。聖霊降臨は移動祝日で、復活祭に伴って毎年お祝い日が変わります。今年2019年は6月9日(日)です。
会では特に聖霊降臨前の9日間(ノヴェナ)を大切にし、シスターたちは毎日、共同体で世界各国の意向を思い起こしながら、聖霊が「息吹を送って、地のおもてを新たにしてくださるように」と祈ります
また、特に聖霊への信心として、会のテーマソングともいうべき「つくり主なる聖霊よ、来たりたまえ(Creator Spirit All Divine/Veni Creator)」を毎朝、また重要な会議の始めに祈ります。
ちょっと編集は不完全ですが、私たちのVeni Creatorを動画で見られます。 https://youtu.be/oUDkomaVijk
下記の「聖霊来てください(聖霊の続唱/Holy Spirit, Lord of Light/Veni Sancte Spiritus)」もよく使われる祈りです。
    
 
 ~~ 聖霊の続唱 ~~

聖霊来てください。
あなたの光の輝きで、わたしたちを照らしてください。
貧しい人の父、心の光、証の力を注ぐ方。
やさしい心の友、さわやかな憩い、ゆるぐことのないよりどころ。
苦しむ時の励まし、暑さの安らい、憂いの時の慰め。
恵み溢れる光、信じる者の心を満たす光よ。
あなたの助けがなければ、すべてははかなく消えてゆき、
だれも清く生きてはゆけない。
汚れたものを清め、すさみをうるおし、受けた痛手をいやす方。
固い心を和らげ、冷たさを温め、乱れた心を正す方。
あなたのことばを信じてより頼む者に、尊い力を授ける方。
あなたはわたしの支え、恵みの力で、救いの道を歩み続け、
終わりなく喜ぶことができますように。 アーメン。
 

「(私たちは)聖霊のはしためとして、特別なしかたで聖霊を愛し礼拝する。聖霊は私たちの心を神の愛で満たし、わたしたちの存在を変容し、祈りと活動にみなぎる。聖霊によって自己譲渡ができ、私たちの共同体に固有の性格がもたらされる。私たちの中で働かれる聖霊に心を開き受け入れる時、私たちはこの世における聖霊の現存を証しする。愛に駆り立てられ、人々が救いの計画における神のダイナミックな働きを、より深く意識することができ、聖霊を愛し、聖霊の導きに生涯をゆだねることができるように私たちを賭ける。」(聖霊会会憲より)
As Servants of the Holy Spirit, we love and honor the Holy Spirit in a special way. He fills our hearts with God’s love, transforms our being and pervades our prayer and activity. He makes our self-surrender possible and gives our communities their distinctive character. Open and receptive to his action in us, we witness to his presence in the world. Our love urges us to commit ourselves that others may come to a deeper awareness of his dynamic action in God’s saving plan, that they may love him and yield their lives to his guidance. 」(SSpS Constitutions)
聖霊降臨祭に関する説明は、下記のカトリック中央協議会のリンクを参照ください。

修道院での伝統的な聖なる三日間の過ごし方をご紹介します

Video clip: A Joyful Season of Lent ~喜びの聖節である四旬節~

3月19日は聖ヨゼフの祭日

3月19日はイエス・キリストの養父、聖ヨゼフの祭日です。カトリック教会は聖母マリアは処女の身分で、神である聖霊によって神の子イエスを懐胎したと信じているので、マリアの夫であるヨゼフは神の母と御子を家庭の中で守る役割を与えられた、キリストの養父とされているのです。聖ヨゼフは聖霊会日本管区の守護の聖人です。過去100有余年の歴史の中で、シスターたちはたくさんの難しい問題を聖ヨゼフにお任せし、取り次ぎを願ってきました。
聖ヨゼフはマタイによる福音書(1:18~23)とルカによる福音書(2:1~52)のごく初めにしか出てきません。イエスが洗礼を受けて、神の国を宣べ伝え始めたころには亡くなっていただろうと推測されています。彼は大工でしたので、その仕事と技術をイエスにも教えたことでしょう。「この人は大工の息子ではないか」(マタイ13:55)と人々から言われています。このように聖ヨゼフは労働の尊さを自らイエスにお示しになったので、すべての労働者の保護者でもあります。教会は特に5月1日に「労働者聖ヨゼフ」をお祝いし、社会のさまざまなところでさまざまな仕事をしている人々のため、また職を探している人々のために祈ります。
上の写真は「眠っている聖ヨゼフ」という像です。 教皇フランシスコはこの聖ヨゼフについて次のように言っています。 「個人的なことを話しましょう。私は聖ヨゼフが大好きです。 それは彼が静かで、 力強い方だからです。 私の机に眠っている聖ヨゼフのご像があります。 眠っていても、 彼は教会の世話をしてくださっているのです! そうです! 私たちは彼がそうできることを知っています。 だから何か問題や困難があるとき、 私は小さなメモをその聖ヨゼフの下に置きます。 そうすれば彼がそれについて夢を見てくださるからです! 言い換えれば、 『聖ヨゼフよ、このことについて祈ってください』ということです。」
 
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