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カトリック教会の教え ~Teachings of the Catholic Ch.~

第2 回 カトリックとメノナイトによる合同・和解に向けた霊的巡礼

第二日 インスブルックでの洗足式
  • 金屋根
  • ヤコブ・フッターの殉教碑
  • フッターの火刑
 9月7日は美しいアルプス、国境を越え、オーストリアのインスブルックに向かいました。そこでガイスラーさんと落ち合いました。
 ハプスブルグ家のホーフブルク宮殿の近く、インスブルック市の中心にある広場にGoldene Dachl (金屋根)といわれる有名な金の屋根を持つバルコニーがあります。昔からハプスブルク家のマリア・テレジア王妃など、ハプスブルクゆかりの王族たちがインスブルックを訪れた際に必ずこのバルコニーから民衆の歓呼を受けた場所です。ところが、今から500年前に、この金屋根の真ん前の広場で、再洗礼派の指導者であったヤーコプ・フッターが火刑に処せられました。金屋根のある建物の壁に、フッターがそこで殉教したことを示す碑銘が設置されていました
インスブルックでの洗足式
 そこから歩いてすぐのところに、インスブルック市内でも有数の大きな聖堂の一つであるイエズス会の聖堂があります。そこのクリプタ(ここには20世紀を代表する神学者カールラーナーのお墓もありました)で、カトリックとメノナイトの和解を象徴する洗足式がおこなわれました。この聖堂は、宗教改革の時代に、ルターやカルヴァンらの宗教改革主流派に対抗するカトリック側の対抗宗教改革の事実上の拠点となった場所で、プロテスタント諸派に対するカトリック側の対抗意識の象徴的な存在の教会でした。このような場所で、わたしたちが、500年後に和解を象徴する洗足式を行うということは大変意義深いことでした。時間がたつにつれ、そして色々調べていく中でこの意味がますます深く心に浸透していくのを感じます。洗足式の準備はパックスクリスティと呼ばれるグループがしてくださいました。この教会の主任の神父様は大学院の論文が「洗足式」だったそうで、大変興味深そうに参加してくださいました。
 午後は再びバスに乗り、インスブルック市内を流れるイン川のほとりに設置された「Übrige Brocken」(ユブリゲ・ブロッケン)と言われる再洗礼派を記念するモニュメントを訪問しました。この場所は、迫害を逃れるために再洗礼派の人たちがこの河畔の船着場から、密かに船を用意してモラビア地方へと逃避行した場所として知られています。
聖フランシスコ・ザビエルの聖遺物
クリプタ
イン川
 その後、インスブルック郊外のシュワルツという町のFreundsberg へ移動します。その地では、ガイスラーさんの説明では、500年前に70名を超えるフッター派の女性たちが処刑されたそうです。5階建てになっている城の塔の1階と2階が牢獄で窓も入り口もありません。今は博物館となっています。3階から急な階段で下におります。広い床も、壁も石で囲まれ、真っ暗な中に、そして冬は深い雪に閉ざされます。ここに半年以上も閉じ込められていました。塔の最上部は裁判所です。当初は裁判で死刑の判決を受けていたようですが、そのうち裁判もなく処刑されたとのことです。裁判所(部屋)にはキッチンもトイレも設備されています。食料は大きな滑車で下から引き揚げられます。トイレは洋式。しかし水が流れるのではなく、穴を見たら吹き抜けでした。塔の下にはいたくないですね。
 最上階から見える向こうの山々の中を、隠れながら信徒の世話をしたそうです。
牢獄
裁判所のトイレ
裁判所の滑車
最上階からの眺め
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