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創立者と共同創立者 ~Founders~

神言会 最初の宣教者 聖ヨゼフ・フライナーデメッツ 1月29日

神言会初の宣教師、中国に派遣される

2020-01-29
 1878年1月、教区報でシュタイルの宣教会(のちの神言会)についての報告を読んだとき、ヨセフは宣教師になる決意を固めました、その年の8月27日ヨセフは創立間もないシュタイルの宣教神学院に入り、1979年には、彼よりも先に神学院で学んでいたヨハン-バプティスタ-アンツァーと共に神言会第一号の宣教師として中国へ派遣されました。香港で初めて中国の土を踏んだのは、4月20日でした。
イタリア人宣教師ピアツォリの指導の下に、ヨセフは西貢(サイクン)で2年間の「宣教師の修練期」を始めました。神学院で学んだ中国語は香港では役に立たず、広東語を一から学びなおさねばなりませんでした。ピアツォリ師に同行した最初の宣教旅行では、蚊、蝿、のみ、しらみに悩まされましたが、「宣教師とは、人々と共に暮らし、生活上のあらゆる不便さを分かち合い、善き訪れを宣言する声になること」と教えられました。そして、ピアツォリ師の指導は「この国の人を愛することを学ぶ」という唯一の科目に集約されていました。
 間もなく総会長アーノルド・ヤンセンが折衝をし、神言会に宣教をゆだねられた南山東省へ移動する時が来ました。先に山東省に行っていたアンツァー師と合流し、坡里(パオリ)に本部を置くことにし、そこを拠点に巡回宣教を始めました。山東省南部は、ヨーロッパ人がほとんど訪れたことのない広大な地域で、ヨセフは続けて数週間、まれには数か月をかけて、半盲の中国人信徒と共に村から村へと巡回し、その地域や地区、多くの人々のことを知り、中国人、彼らの考え方、伝統と慣習、性格と気質を学びました。シュタイルから共に派遣されたアンツァー師を常に上に立て、ヨセフは副の座にいました。 1886年ヨセフは終生誓願を宣立しました。この誓願を通して彼は自分の人生を全く、永遠の希望である死の後の生命も、中国の人々と一致させました。
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