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日本管区での活動 ~Our Activities~

八事本部共同体

Sr. Servaが見抜いた私の神体験

2019-02-19
1975年か76年ごろの話です。わたしは秋田修道院にいました。あるとき八事修道院に行ったおり、食堂から玄関のほうへ歩いていくと、向こうからSr.Servaが来るのが見えました。挨拶をかわす前に、わたしの顔を見てSr.Servaから「あなたどうしたの。あなたは前と違うみたい。」と言われたので、「どうしてそんなことおっしゃるのですか」と聞き返すと、「あなたは前に冗談は言っているけれど、縛られているような感じだった。でも今は何か解放されているという感じがする。」と言われました。実はその通りだったのです。
わたしはシュタイルの宣教会である神言会の神父様も聖霊会のシスターたちも知りませんでした。シュタイルの宣教会で発行している雑誌「神の国」を通して、聖霊会を知り、1956年シュタイルの聖霊会に入会しました。修練期に入る前でした。前修練女たちと一緒にミカエル神学院に行く機会がありました。マース川の見える中庭で、神言会のある神父様に出会いました。その神父様は、一人ひとりに出身地を聞きました。ほとんどの姉妹はカトリック地方であったミュンスター地方から来ていて、それをほめられました。そのときいやな気持になりました。神父様はわたしにも「あなたもそうですか。」と聞かれたので、「いいえ、北ドイツからです。」と答えました。「北ドイツのどこですか。」と尋ねられて、自分の故郷の町の名を言いました。するとその神父様は「そこからいいものが出るでしょうか。あなたはいつまで修道生活に我慢できるかみてみよう。」とおっしゃいました。それはとても大きな心の傷となりました。
その夜、一晩中泣いて、絶対にゆるさないと思いました。その後、イギリスでの2年間の修練期も終えることができ、1960年1月に初誓願を立て日本に派遣されることになり、その年の6月に来日しました。そして、あの時の出来事は忘れ、20年近い歳月が過ぎていました。1975年、秋田修道院にいました。土崎教会の神言会のリータス神父様から7週間の聖霊刷新のセミナーを開きたいから参加するようにと言われました。再三勧められましたが、断っていました。その間、この聖霊刷新がどういうものであるか、いろいろな本を読みました。そして、その中心は自分の回心、ゆるしゆるされること、聖霊に明け渡すことだと理解しました。自分もそれが欲しいと強く思うようになり、聖霊刷新のセミナーに参加することを決めました。
セミナーの最中に、リータス神父様と衝突することがありました。激しい口論をして、後で反省しました。どうしてわたしはこんなことを神父様に言ってしまったのだろうか。何が原因でこんな態度を取ってしまったのだろうか。聖堂で祈りました。祈っていると、シュタイルのミカエル神学院で出会った神父様との出来事が目の前に映像を見ているかのように現れてきました。神父様を絶対にゆるさないと思っている自分がいました。すると「ゆるしなさい」という言葉が聞こえてきました。そのときには「ゆるすことができない」と思いました。2回目も同じでした。
3回目にその神父様の姿に霧がかかったようになり、聖書の言葉マタイ25:40「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」が浮かびました。ゆるさないということは、イエスに対してしていることだとわかりました。でもゆるしたいけれど自分の力でできない。「助けてください」と心の中で真剣に叫びました。そのときです。ゆるすことができたのです。同時に自分もゆるされたと感じ、喜びと解放を体験しました。霧が消えて神父様がまだそこに立っているのがはっきり見えました。わたしは神父さまに両手を置いて祝福して、「今わたしの感じている喜びを倍にして神父様に与えてください」と祈りました。そうすると自分が見ていた神学院での出来事の映像が消えました。部屋に戻って聖書を開いたら次の箇所が目に留まりました。「悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いてはなりません。かえって祝福を祈りなさい。祝福を受け継ぐためにあなたがたは召されたのです」(Iペトロ3:9)。それによってゆるされたこと、ゆるすことができたこと、わたしは祝福を与えるために召されていることを確認しました。そのころ、秋田の聖霊学園に勤務していました。学校の朝礼で「主の祈り」が唱えられたとき、一つ一つの言葉に感動して涙が止まらなくなり、それが3日間続きました。
この出来事の後、八事に行く機会がありSr.Servaに会いました。そしてあのときのSr.Servaの言葉で、自分が解放されたのだと改めて確認できました。あの一言は、わたしにとって大きな励ましの力となりました。Sr.Servaはわたしが20年近くもゆるせなかったことは何も知りませんでした。Sr.Servaは深く祈る人だったからこそ、わたしが解放されたのがわかったのだと思います。
今年2019年1月15日Sr.Servaのところに行きました。そして「Sr.Serva、わたしはシスターに感謝したい。」と言いました。これまでずっと祈ってくださっていたので、「Sr.Servaはわたしの大恩人です。」と言うと、「大恩人!うれしい。」と言われました。そして「祝福してもいいですか」と言うと、「はい」と言われたので、祝福しました。「うれしい。ありがとう。」とおっしゃいました。「お互いのために祈りましょう」と言って別れました。それがわたしにとってSr.Servaとの最後のときでした。わたしは、18日からインフルエンザで数日間、自分の部屋から出ることはできませんでした。19日土曜日に翌日曜日の福音を黙想しました。それは「カナの婚宴」の場面でした。そのとき、Sr.Servaは翌日曜日に天に召されるのではないかと思いました。なぜなら、Sr.Servaは婚宴の祝いに呼ばれると直感したのです。そして本当にSr.Servaは1月20日日曜日に天の婚宴の祝いに呼ばれました。わたしは葬儀の典礼に全く参加できませんでしたが、Sr.Servaがとても自分の近くにいてくださるのを感じました。
「わたしの大恩人、Sr.Serva、本当にありがとうございました。」
Holy Spirit Missionary Association (HSMA)
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